コラム

コラム「未来に向けて」

トゲを抜くよ。抜けるかわかんないけど。

 

次に進むために、それをやらなきゃなんない時が来たって思ったんだよね。

あるアーティストのライブを見ててね、体を揺らしていたら、

そんな想いが、突然不意打ちのようにブワーっと来たんだ。

まだあったかいうちに、言葉にしておきたいって思った。

 

だからちょっと痛い話を、ここに記します。

これは自分がそれを乗り越えるために、書くブログ、言うなれば、吐くブログ。

だけどその文章の終点まで、付き合ってくれたら、心強いな。

 

自分はさ、表現しているもののイメージで、優しい人間だと思われてると、思うんだ。

そういう風に多くの人は扱ってくれるから、

多分そういうイメージなんだと、発信している本人は思っていたりするんだけど、

実際の自分は、そうでもない。

 

自分はこうありたいって姿を、詩やアートにしてる。

それは自分が願っている姿っていうか、掴みたい希望の姿、みたいなものなんだ。

だから、イメージがそうなるのは、当然で、それを支持してくれる人がいる事は、

とても嬉しいことだと思っている。

だけど、本当はね、当たり前だけど、明るいだけじゃない感情も、たくさん抱えている。

こんがらがった感情を、なだめながら生きてる。

自分をコントロールできないことだって、たくさんある。

 

そういうネガティブな感情を、表現にしないのは、自分にとって

そういう感情をろ過してポジティブな表現にしていく事が、アートだからで、

単純いえば、その過程を発表していないってだけなんだ。

それは、アートに向かう自分の姿勢。

それは、ファイティングポーズみたいなものなんだけど。

 

 

さぁ、前おきはこれくらいにして、心に刺さったトゲに手をかけよう。

 

 

自分の表現を支持してくれる人たち、

その中で、反応を言葉にしてくれる人って、その中でも強い感情がある人だと思うんだ。

強い愛着を持ってくれている、ファンの方たち。

そういう人たちが、時に自分にぶつけてくる直球の強い愛情に、

自分は応えることができなかった。

 

怖かったんだよね、感情の重さっていうか、まっすぐなボールをキャッチできるほどの

度量がなかったっていうかさ。

 

想いが強い分だけ、自分からは見えないその人の中で、

会話がきっと繰り広げられてるわけじゃない?

自分の知らない、その人の中での、時間の蓄積。

 

それがいきなり表現された時に、自分は受けとめられなくて、

それを、なかったことにしてしまったし、

ないがしろにしてきてしまった。

コミュニケーションの蓋を閉めてきた。

怖かったんだよね、そういう生の感情に向き合うってことが。

 

 

人間関係を上手に作れるタイプの人は、

共通の土台を、会話を通じて作ってから距離を近づけるから、

知らないうちに、お互いに大きな感覚のズレなく交流できるようになっている。

でもその土台を、うまく作れない人も、やっぱりいるわけで

(自分だって、そっちの方だからさ。)

そういう不器用なノックに対して、自分だって不器用なくせに、

ドアを閉めて、耳を塞いできたんだ。

 

その人の中にある時間や感情の蓄積を

自分は知らないわけだから、それが表現された時に、

感覚のズレが生じるのは、当たり前のことなんだよね。

 

でもさ、自分のこと振り返ったって、大切な感情ほど、

その感情の重さに比例するように、

大切な相手に伝えようとすると、しどろもどろになってたし、

おかしな表現になるし、どっか過剰で、いびつなものになってたと思うんだ。

 

でもそれを、今までの自分は許容できなかった。

 

自分でもびっくりするくらいにね、もろくて、弱いんだ。この心は。

そしてその弱い心を、なんとか維持しようとしているから、

一瞬、異形に見える強い感情の表現や、一歩踏み込んでくる愛情表現を

受けとめる事ができなかった。

 

ごめんよ。

その感情、見なかったことにして、進んできた。

大切にあっためて放ってくれた、その言葉、踏みつけた。

 

小さなミラーボールの下で、音楽に包まれて体を揺らしてた時に、

それに、ふっと気がついたんだ。

 

その表現された言葉たちが、どれほどあったかい気持ちで書かれたものだったかって。

それは一生懸命、愛情を言葉に変換しようとしてくれた結果だってことに

気がついた。

 

どっちかっていうと、自分は人を信用する事に、すごく時間がかかるタイプなんだ。

だからって、それが許されるわけじゃないこともわかってる。

 

これから、どうやってそういう感情に向き合ったら良いのかっていうのも

実際のところ、まだわからないんだけど。

 

ただね、それが愛情なんだってことには、気がつけた。

 

自分が憧れるアーティストたちの表現は、

言葉も国境も、時間さえも越えて、自分のことを肯定してくれるし、パワーをくれる。

ジョン・レノンも、スティービー・ワンダーも、

キース・ヘリングもバスキアも、心の友達になってくれる、あったかくて、大きな手のひらみたいな表現なんだと思う。

 

自分の表現を、そういう本当にあったかいものに変えていきたい。

これから、未来に向けて。

失敗を糧にして、今からそこに歩き出したい。

今、そう思ってる。

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