びーとと樹のおじいさん(第3話)
それから
それから何年もの月日が流れました。
その間、たくさんの生き物たちが、樹のおじいさんの元を巣立って行きました。
樹のおじいさんは、日の当たる丘で生きてきた時間に満足していました。
それでもあの日からぱたっと現れなくなった少年のことは、ずっと心の中に残っていました。
「あの子が巣立っていったムクドリやシマリスたちのように、元気に大人になってくれていたらいいのじゃが。」
『いつかのように、ひょっこり本を読みに来てくれるような気がしてのう。わしの体はもうぼろぼろじゃし、神さまから「この仕事を終えて空に帰ってもいいよ」と許可をもらっていたのじゃが、それだけが気になって、少しだけ長居をさせてもらっていたのじゃ。』
「だが、もうそろそろ時間が来たようだね。」
樹のおじいさんがそう言うと、ひと吹きの風が、幹の周りをくるりと吹き抜けました。
「話を聴いてくれてありがとう。」
「眠ってしまってたのかー。」
びーとは樹の根元に抱かれるように、眠っていました。
目覚めると、もう何時間か過ぎていたようでした。
「樹のおじいさん、僕眠ってしまってたみたい。お話の続きを聞かせてよ。」
びーとは、樹のおじいさんに声をかけましたが、樹のおじいさんの声はもう返って来ませんでした。
樹のおじいさんのたましいは、樹の幹をするりと抜け出して、天に昇った後でした。
びーとはゆっくり立ち上がって、樹をぐるっと一周してみました。
そこにはシマリスがかじった跡や、もう巣立ってしまったムクドリの巣の跡や、アリのかじった葉っぱや、たくさんの生き物たちが、おじいさんの命をもらって生きていた証が残っていました。
丘のふもとの方で、笑い声がしたので振り返ると、そこには小さな人影がありました。
小さな人影はゆっくり丘を登って、大きな樹に近づいて来ました。
それは、お父さんと、お母さんと、男の子、女の子の4人家族でした。
そして大きな樹の前まで来ると、みんなで樹の根元に腰を下ろしました。
「子どもの頃、この大きな樹の下でよく本を読んだんだ。」
お父さんがそう言うと、お母さんは男の子と女の子に、おにぎりを手渡しながら笑って言いました。
「小さい頃から、本ばっかり読んでいたのね」
「どこよりもこの樹の下が落ち着いたんだ。親の仕事で引っ越しが決まってしまってね。あれからこの場所に来たかったけど、ずっと来れなかったんだ」
「あの日は確か台風だったんだ。お別れが言いたくて、最後にこの場所に来たなぁ。」
「びしょ濡れで帰ったから、さんざん怒られたけどね。」
お母さんは水筒からコップにお茶を注いで、配り終えると言いました。
「さぁ昔話しはそれくらいにして、ご飯を食べましょう」
「いっただきまーす」
子供たちの楽しそうな笑い声を聴きながら、びーとはその場所を後にしました。
大きな樹の根元には、また新しい命が芽吹いていました。
(おしまい)
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